平尾剛のCANVAS DIALY

日々の雑感。思考の痕跡を残しておくために。

「胆力」をつけるにはどうすればよいか…。

いつもよりも静かな雰囲気が漂う学内で思考に耽っている。秋学期が終わり、旧暦でいうところの新年初日の今日は、次年度に担当する講義内容をシラバスにまとめなければならない。大まかにはイメージできているのだが、細かく書き出すにはまだ至っていない。あーでもない、こーでもないと考えては文献を読むことの繰り返しに飽きてきたので、気分転換にブログでも書こうと思い立った次第である。

教える力、育てる力―一流スポーツ指導者の秘伝公開  』に掲載されているウチダ先生へのインタビュー記事を読んで、何かがはじけたような気がした。これまでボクが一所懸命に考え続けていたことにはっきりとした輪郭が与えられたような気になった。

というようなことはこれまでにもたくさん経験してきたはずなのだけれど、その数ある経験の中でも今回の「はじけ」はなかなか鮮烈であって、まるでスポーツ教育についての持論を展開するにあたっての土台が一夜にして築かれたかのようである。少なくともボクが経験し、見聞きした範囲の中では、スポーツ界における指導スタイルの王道は、根性論やスパルタ教育や「ごちゃごちゃいわずにやれ」的指導だった。こうした指導スタイルについて現役時代の頃から「なんだかしっくりこないぞ」と訝しみながらも、「絶対的にどこかがおかしいのだけれどそのおかしさを論理的には解明することができない」というジレンマを抱えていた。なぜジレンマになったのかといえば、強豪チームのほとんどがこの指導スタイルの下にあったからである。「勝利」という結果が伴っている以上はそれなりの効果があると考えるのが妥当であり、そのスポーツ界にどっぷりと浸かって勝利を目指してドタバタしていたボクには、そのあたりをじっくりと思考してみることが疎かだった。つまり、「なんだかおかしいぞ」という違和感を覚えながらも、その違和感をより大きな文脈でとらえ直すことができなかったというわけである。

そのあたりが先の記事を読んでスッキリと整理された。そうなのだ、根性論やスパルタ教育や「ごちゃごちゃいわずにやれ」的指導はそれなりに効果が上がるものなのだ。だからこそこうしてスポーツ界における指導スタイルの王道となっているのだ。ただし、この指導スタイルからは決して身につかないものがある。それは「胆力」である。ウチダ先生は「胆力」について以下のように語っている。


胆力があるというのは、極めて危機的な状況に陥ったときに、浮足立たず、恐怖心を持たず、焦りもしないこと。どんなに破局的な事態においても、限定的には自分のロジックが通る場所が必ずあると信じて、そこをてがかりにして、怒りもせず、絶望もせず、じわじわと手をつけてゆく。とんでもなく不条理な状況の中でもむりやりに条理を通していく。胆力とはそういう心構えでないかと僕は思っているんです。(前掲書17頁)


胆力に含まれる能力の中で最も大切なものに「冷静さ」がある。「浮足立たず、恐怖心を持たず、焦りもしない」という状態はまさに冷静でいるということである。今、ここの情況を、現実と寸分違わず的確に把握することなしに危機的な状況を生き延びることはできない。高ぶる気持ちを抑える方向に意識を向け、でき得る限り有用な情報を集めるために身体感受性を敏感にしなければならない。生き延びるためにはどんなわずかな情報であっても取り入れる必要があるのだから、そのときに心身は研ぎ澄まされる。それと同時に、今、ここの情況において生き延びるために必要でない情報はいち早く切り捨てていかなければならないわけであり、敏感であり、かつ鈍感であるという、引き裂かれるような状態に耐えうる身体が求められるのである。

根性論、スパルタ教育、「ごちゃごちゃいわずにやれ」的指導は、この胆力を養うことはありえない。ランパス50本、終わりのないランニング、ノーミスで完結しなければ終わらないエンドレスな練習メニューは、心身ともに疲労困憊な状態である現実から意識を引きはがし、冷静さを失わせる。自分が自分じゃなくなったかのような精神状態に突入し、いつのまにかその状態を抜け出ていたことに気づいて、ハッと我に返る。あまりに過剰な身体への負荷に耐えきれなくなって、どこかのスイッチがオフになっているのだと今になって思う。これはまさに「冷静さ」とは対極になる精神状態である。

このあたりをどうにかこうにか体系的に論じていくことが当面の研究になるかと思う。おそらくスポーツを経験したことのある人ならば共感する部分はあるかと思う。いや、身体を使って一つのことに夢中になった経験がある人ならば必ず共感してくれるに違いないという、楽観的な期待を抱いている。その期待があるからこうして今のボクがいて、そのボクはというと結構な楽しみを感じながら研究と教育に携わっていられるのである。まだまだ先は長い。じっくりぼちぼちと歩んでいってみよう。

で、今日この後は何をしなければならないんだったっけ?
そうそう、シラバスの作成だった。「身体文化」か。さて、やるか。

ちなみに紹介したこのムック本は、教育に携わる者にとってとても読み応えのある一冊だと思います。今年からオリックスの監督に就任した岡田彰布氏の指導の仕方には共感する分がたくさんあったし、シンクロナイズドスイミング・スペイン代表コーチの藤木麻祐子氏の取り組みからも学ぶところが多くありました(同い年なことにも刺激を受けました)。スポーツ教育もその理論が絶えず変化しつつあるのだということが実感できたし(中には我田引水的な自論もまだまだたくさんありますが)、とにかくボクなりにいろいろと考えて、その考えを形にしていきたいと思います。