平尾剛のCANVAS DIALY

日々の雑感。思考の痕跡を残しておくために。

朝日カルチャーセンター講座『武術的立場Ⅱ』を終えて。

このブログでは以前に告知していたので既にご存知だろうけれど、
15日の土曜日に、朝日新書創刊1周年記念講座「武術的立場Ⅱ〜帰ってきた武術的立場な男たち」が大阪の朝日カルチャーセンターにて行われた。

奇しくもこの日はラグビートップリーグ神戸製鋼VSサントリーの試合の日。
順位争いにおいても意地においても見所満載のこの試合をホームズスタジアム(旧ウイングスタジアム)で見届けた後すぐに、試合内容と結果にいささか落胆気味な気分を抑え込んで大阪へと向かったのだが、そんな気分も何処へやら。
内田先生を筆頭に、愉快な語り口で話をされるお三方の雰囲気に飲み込まれて、すぐにこちらまで陽気な気分に。

講座内容は、内田先生が『徹子の部屋』の徹子になり、僕と韓氏意拳の守伸二郎さんとびわこ成蹊スポーツ大学講師の高橋佳三さんがゲストとして招かれ、話をするというもの……だったのだが、いざ蓋を開けてみると、居酒屋トークばりに好き放題しゃべりまくるといったものに。
この1年間にどんな変化があって、その間にどんなことに気付いたのかという話に終始する、僕にとってはとてもとてもエキサイティングな対談となった。

講座を明日へと控えた金曜日に何か準備しなければと慌てて開いた本が『FLOW 
 韓氏意拳の哲学』(尹雄大冬弓舎)と『古武術for SPORTS』(高橋佳三スキージャーナル)。
これまでにも何度か読んでいるために目を通しただけだが、改めてそのオモシロさに虜になり、年内にももう一度読み直そうと決意する。
内田先生の本は事あるごとに開いているので無意識下に蓄えられている(もしくは血肉化している)から敢えて読む必要もないかと軽くスルー。

というわけで準備という準備もせずに当日に臨んだわけだが、おそらく当日は打ち合わせもなくその場の雰囲気で話が展開しそうな気がしたもので大した焦りもなく会場入りすると、4人が顔を合わせることができたのは講座開始の7分前で、案の定ほとんど打ち合わせすることなく講座がスタート。
で、先に書いたような内容で楽しそうに話をしてあっという間の2時間となる。

内田先生が話された「矛盾を解釈する仕方」には目から鱗がボロボロと落ちた。
矛盾を抱え込まなければブレイクスルーは生まれない。

なるほど。
何か一つのメソッドや制度に寄りかかることで随分と視界が開けるけれど、更なる境地への成長を望むことができないということか。

「このタイミング」でパスを放れば効果的であると認識すればするほど「このタイミング」で放ることに縛られてしまって、「このタイミング」で放っても相手にディフェンスされてしまうような高いレベルの試合では「このタイミング」に執着するが故にかえって自らの成長を妨げることになる。

求められるのはディフェンスを突破することであり、「このタイミング」でパスを放ることではない。要はディフェンスをかいくぐって前進すればよい。

だから「このタイミング」でも「あのタイミング」でも構わない。

「このタイミング」で放るパスがどんな状況でも絶対的に通じるという思い込みを無くし、ひとまずは「このタイミング」が有効だけれど状況によっては「あのタイミング」でも「そのタイミング」でも有効なパスになり得るといった混沌を抱え込むこと。

「どんな盾をも貫く矛」と「どんな矛をも防ぐ盾」を戦わせるとどうなるかという混乱を抱え込むことが、矛盾ということばに秘められた叡智である。
こうした混乱のうちに盾も矛もその精度を増してゆくことから考えると、「このタイミング」と「あのタイミング」のどちらかが正しいはずであると考えるのではなくて、両者の整合性を確かめつつ考え抜くことによりパフォーマンスが上がる。

すなわち「矛盾」は、整合性がつかないからと忌み嫌うものではなくて、成長や発達の契機としてむしろ歓迎すべき状態なのである。

いやー、なんともエキサイティングな話ではないですかぁ!!
ここまで書いてすっかり興奮している自分がいるのであった。

守さんが話された「対象を指差すときに、その動作に意識が向くとそれは自然な動きではなくなる」という話。
これはしばらく脳裏に焼き付いて離れないテーマとなりそう。
打ち上げの場で(もちろん居酒屋・笑)、拳を打ち付けた時に感じた守さんの身体の何とも言えない奇妙な感触は一生忘れられないだろう。
(こちらの身体が溶け出してしまいそうなくらいになんだか柔らかかった)

高橋さんが話された「野球にまつわるあれこれ」。
特に、本当に守備がうまい選手はファインプレーが少ないという話にウンウンと頷いて、野球を見る見方に奥行きを持たせてもらった。
講座前の控え室で聞かせたもらった教育現場の話は、来年からの自分にとってためになる話だなあと、頭の中にあるノートに密かにメモっていたのであった。

そしてこの日も「そうですね」を連発してしまった僕であった…。

内田先生、守さん、高橋さん。
改めて身体が内包する奥行きに気付かせていただいたことに感謝いたします。
そして、こうした機会を企画していただいた朝カルの森本さんにも御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
また来年もよろしくお願いしまーす。