平尾剛のCANVAS DIALY

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「NZの敗戦について」身体観測第35回目

ラグビーW杯は決勝トーナメントに突入しており、残すは三位決定戦と決勝戦のみとなった。ここまでの大会、ラグビーは番狂わせの少ないスポーツだと言われているにも関わらず、劣勢だとみられていたチームの奮闘が目に付く。フィジーの決勝T進出やアルゼンチンの予選1位通過は、間違いなく観衆の予測を裏切るスリリングな結果であろう。だが、最もラグビーファンの度肝を抜いたのは、オールブラックスニュージーランド)が決勝T一回戦でフランスに敗れたことではないだろうか。

優勝候補の筆頭として乗り込んできたオールブラックスは、予選から爆発的な力を発揮した。才能溢れる選手たちが、まるで後頭部に目があるかのように背後から走り込んでくる味方にパスを放る。そのパスを、あらかじめ自分に放ってくるのがわかっていたかのように、絶妙なタイミングでトップスピードで走り込みながらキャッチする。相手にタックルされて大勢が崩されながらに放るパスをオフロードというが、このオフロードパスの正確さが際立っているのである。

皮肉なことだが、このオフロードパスに敗因が隠されていると読んでいる。まさに阿吽の呼吸で行うこのプレーは、ある種の冒険心を必要とする。視界にいない味方選手への信頼感は、当事者同士にしかわかり得ない感覚であり、それはわずかな動揺に左右されるほど繊細である。優勝候補筆頭としての期待、一発勝負というトーナメントの重圧、ラグビー王国としての矜持が重しとなり、心に乱れが生じた。フランス戦の残り10分間、密集サイドを頑なに攻め続けたあの姿からはそう感じざるを得ない。

今大会は総体的にキック中心に戦うチームが上位進出している。勝利にこだわればキックなのかもしれないが、選手同士が絶妙の間合いでやりとりするパスは何ものにも代え難く美しい。集大成となる決勝戦はどのような試合展開をみせるのだろう。

<07/10/16毎日新聞掲載>