平尾剛のCANVAS DIALY

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「キック流行に一言」身体観測第36回目

開幕戦でアルゼンチンがフランスを破るという大番狂わせから始まった第6回ラグビーW杯は、大会を通じて予想を覆す内容の試合が散見されたが、最終的には南アフリカの優勝というほぼ実力通りの結果で幕を閉じた。この大会を一言で総括するならば、決勝戦が両チームともにペナルティゴールのみの得点だったことからも、やはり「キック」であろう。アルゼンチンの予想を上回る躍進はエルナンデスの多彩で正確なキックによるものであったし、予選では精彩を欠いたイングランドが決勝まで駒を進める原動力となったのはウィルキンソンのキックだったことに異論はないはずである。

特に決勝トーナメントに入ってからは、どのチームもハイパントなどのキックを中心に試合を組み立てていた。お互いにキックを意識するあまり、ハーフウェーラインがネットであるかのようにまるでテニスの如く蹴り合った試合も見受けられた。これには、予選の試合で蓄積された選手の疲労を考慮し、できる限り体力を温存しての勝利を望む各国の意図が見え隠れする。たとえ1点差でも勝たなければならないというトーナメント戦の性格も、キック中心の戦術を選択させたことだろう。だが、何と言っても一番の要因は、タックルスキルの向上と強固な防御システムの確立である。ボールを持って走ってもゲインできないからキックを使わざるを得ないのである。

ディフェンスが強くなれば、いずれそれをぶち破るためのより高度なアタックが開発される。強固な盾を貫かんとする矛が生まれるのである。その矛は、個人のスキルアップというよりも、ノールックパスが当たり前にできるほどに選手同士で身体感度を高め合うといった観点から築かれるのではないだろうか。今般におけるキックの流行が、より高度なアタックが開発されるまでの一時的な選択であって、停滞ではないことを強く願うものである。

<07/10/30毎日新聞掲載>