平尾剛のCANVAS DIALY

日々の雑感。思考の痕跡を残しておくために。

「パスは成長の証」身体観測第45回目。

大学院の同級生から声を掛けられたことがきっかけで保育園親善ラグビー大会を見学することになった。今年で13回目を迎えるこの大会には尼崎市を中心に10の保育園が参加し、年中、年長の部それぞれで優勝を競い合う。気ままに動き回る園児を誘導する保育士の慌ただしさと我が子に声援を送る親たちの熱きまなざしの中で、必死になって楕円球に群がる園児たちには目が釘付けとなった。

保育園ラグビーにはスクラムラインアウトもなくノックオンオフサイドもない。相手陣の奥に敷かれたマット上にボールを押さえればトライ(得点)となる。園児たちは我先にボールを奪おうと一つのボールに群がり、ボールを奪ったかと思えばひたすらトライを目指して走り出す。一方ではジャージをつかみ、体当たりに近いタックルでそれを阻止しようと試みる。ひたむきな園児たちに格闘技とも称されるラグビーの原点を見た気がしている。

身体の発達に個人差があまりみられない時期とはいえ、キラリと光る動きをみせる子どもには思わず目が留まる。走るスピードをうまくコントロールしながら相手を軽やかに抜き去ってのトライや、手で掴みにいくのではなく身体の芯をぶつけてのタックルには身を乗り出さずにはいられなかった。大人顔負けとは言い過ぎだがとにかく様になっているのである。背番号36番をつけたあの子の将来がとても楽しみだ。

興奮冷めやらぬままにグランドを後にして、ふと気づいたのはパスをする子どもを見かけなかったこと。なるほどパスは他者とのやりとりであり、自我の発達段階にある園児にはまだまだ難しいプレーなのである。ステップも踏めるしタックルもできるがパスはできない。つまりパスは後天的に習得すべきプレーだということが理解できる。おそらく一所懸命にグランドを走っていた無邪気な園児たちは、パスを習得していくとともに先生や友だちとの関係も深まっていき、大人へと成長していくのだろう。

<08/03/11毎日新聞掲載分>