平尾剛のCANVAS DIALY

日々の雑感。思考の痕跡を残しておくために。

研究室にいながらに。

今日は講義がない日なので朝から研究室で論文を書いていた。

連休明けには一通りの形にしないといけないのにまだ書き終えていない。

このGW中に何とか形にして提出しようと思い立ってはいるけれど、

すっかりと休んでしまいたいような気持ちにもなっていて、

さてさてどうしたものか、な心境である。

とにかく出そう。

校正の段階で大幅な手直しができることをある先生に教えていただいたことだし、内容の精査はひとまず置いといて一気に書き切ってしまおう。

うん、そうしよう。

ふう、ちょっと気が楽になった。

僕の研究室は体育館の2階にこぢんまりとある。

夕方ころになるとバレーボール部とバスケットボール部の学生たちが集まってきて、熱のこもった練習が行われる。

なんせ2階なものだから、彼女たちの元気すぎるほどの声がこだまして、

ちょっとしたカラオケボックスにいる気持ちにふと襲われたりもする。

まだ学校に入って間もない頃には「うるさいのう」と感じたりもしていたが(すまない)、今ではすっかりこの雰囲気に馴染んでしまっている。 

どちらかの部が休みの日にはかなり静けさが漂う研究室になる。

特にバレーボール部が休みの日には僕の研究室は静寂に包まれる。

窓の外に広がるテニスコートからはボールを打ったときの「スコーン」という音が聞こえてきて、それがまたいつもとは違う静寂さを感じさせてくれたりもする。

でもなんといったらいいのか。

今となってはその静寂さがちょっとした物足りなさを漂わせる。

デシベル的に言えばかなり騒音であることは疑いようもない。

計量的にうるさいとかうるさくないとか、

そういったことを僕は言おうとしているのではない。

声に託された彼女たちの真剣さというか熱というか意志みたいなものが一つのエネルギーとなって扉の向こう側から放たれてくる感じに、

いつのまにかしっくりくるようになったのである。

どこからどうみてもここは学校であって大学である。

ということの実感を、

今も聞こえてきている騒々しい掛け声は僕に投げかけてくる。

ここが大学であることを実感できれば、僕はそこの先生であることも同時に実感するわけであって、先生的な仕事がより捗るような気がしてしまうのは単純だろうか。

まあいい。

さてさて、今から食事に出かけることになったので、途中も途中なのだけれどここで終わりにする。

では、これにてご免。