平尾剛のCANVAS DIALY

日々の雑感。思考の痕跡を残しておくために。

村上春樹に惚れこむの巻。

村上春樹、河合隼雄に会いにいく 』(岩波書店)を読む。
今の今までこの本を読まなかったことを後悔してしまうほどに感銘を受けた。
徹底的に自らの身体で考え抜く姿勢の村上春樹と、
カウンセリングの実践に身を浸してきた河合隼雄のあいだで交わされる言葉は、
ページの中で踊っているように感じるほどイキイキとしている。
特に「暴力性」についての言明には身体がビビビッと反応した。
人間には必ず備わっている「暴力性」をどう意識化するかというテーマは、
しばらく僕の頭にこびりついて離れることはないだろうと思う。

特に僕は村上春樹ファンでもないのだけれど、
偶然にも仲良くさせてもらっている周りの方たちに村上フリークがたくさんいる。
我が師、内田先生を筆頭にしてホントにたくさんいる。
内田先生は『村上春樹にご用心』 (アルテスパブリッシング)という本を出版されているが、
この本は、村上春樹に関してブログに書かれたものをまとめてみるとその量が本一冊分ほどあって、そうした流れで書籍化したとのことである。
この本もとてもオモローかった。
村上春樹の作品をまともに一冊も読んだことのない僕がすっかりとはまりこみ、
村上春樹という人物に大いなる興味を抱くことになったきっかけの本である。
(その昔に「象の消滅」 短篇選集 1980-1991 』という短編集をパラパラと読んだことのある程度である)

それから読んでみたのが、その当時に出版されたばかりでほとんどの書店でババーンと平積みされていた『走ることについて語るときに僕の語ること 』(文藝春秋)である。
村上春樹が「走る」ということに向き合う中で紡がれることばにこれまた身体が反応。
ビビビッときた。
完走を目指して大会の数ヶ月前から身体作りを着々と行い、大会の日にピークを持っていこうとする中での身体との会話は僕にとってはものすごく体感的であった。
徐々に走る距離を伸ばしていく中で疲労を伴う身体からの声に耳を傾けるあの姿勢は、
こちらまで高揚してくるほどに臨場感にあふれていた。
「そうそう、身体って一筋縄ではいかないんだよな」と、
長距離を走るのが苦手な僕がおこがましくも共感したり。
そして、自らの身体に自分自身だけで向き合えることの自由さに、
ちょっとうらやましさを感じたりもした記憶がある。

団体スポーツであるラグビーでは、少々体調が悪かろうが痛み止めの薬やテーピングや強行突破で乗り切る場面が少なからずある。
どう考えても身体が「いやいや」しているのにその声を無視してプレーしなければならない場面は意外にたくさんあるのだ。
いやいやしっかりとした意志表示をして休めばいいだけじゃないかと言われるかもしれないが、
ことはそう簡単にいかないのである。
「痛みから逃げた」というレッテルを貼られれば事あるごとにそれを取り上げられて、
チームからの信頼を得難くなり精神力の弱い人間であると解釈される。
だから少々痛くてもプレーしようとする。
誰だって痛みから逃げたなんて絶対に思われたくないだろう。
だが、どうしても無理な場合だってあるわけであって、
そうなると断腸の思いで休む決断をすることになる。
オーバーに言えば選手寿命を縮めてまでも(痛み止めの薬や注射をしてまでも)プレーすることを選択するのか、涙をのんで休むことを決意するのか。
これはスポーツ選手にとってはとても大きな決断である。

僕の場合、少々の無理はしないとアカンと思い込んでいたので強行突破を図ることが多かった。右腕を骨折したときなんて、完全に骨がくっついていない段階でリザーブに名を連ねることだってあったのだから。

期待されると何を差し置いてもその期待に応えたくなる。
そんなケツの青いガキんちょだったということだな、うん。
そんなことを繰り返していては身体がいくつあっても足りなくなる。
ということに30歳を過ぎてようやく気付いたのであった。

閑話休題

村上春樹が向き合ったのは「持久力」。
曲がりなりにもラグビー選手だった僕が現役時代に向き合っていたのは「瞬発力」。
この違いが痛烈に胸に突き刺さってきたというのが
『走ることについて…』の読後感であった。
順調にいけば人間は80歳まで生きられると考えると、人間の生き方に沿うのは明らかに「持久力」であり、だからこそかつての瞬発的な生き方を省みる心情を含みながらも今の僕がすっかりと共感してしまったのであろうと思う。

おっと。
作品を読んでない者が何を偉そうに書いているのだという念をだんだん感じつつあるぞ。
そんなことはわかっている。
念が届いたから読むというわけではなく、
これほどまでに人物に興味を持ってしまったらもう読むしかないだろう。
決していやいやではなくて、今はものすごく読んでみたい心境である。

ねじまき鳥クロニクル』か『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』か。
とにかくゆっくりと村上ワールドに入り込むことにしよう。
これから楽しそうなことが待ち受けていると思うと、とてもオモロ―である。