平尾剛のCANVAS DIALY

日々の雑感。思考の痕跡を残しておくために。

「高圧酸素カプセル」身体観測第53回目。

世界反ドーピング機関(WADA)は、「高圧酸素カプセル」の使用が「酸素供給の人為的な促進」という禁止項目に該当するとの見解を示した。それを受けた日本アンチドーピング機構(JADA)は各加盟団体に使用を控える旨を通達し、日本オリンピック委員会(JOC)は北京五輪期間中に日本選手団には使用させない方針を固めたのだという。

思い返せば「高圧酸素カプセル」ブームに火がついたのは、2002年のサッカーワールドカップの頃である。イングランド代表のD.ベッカムが骨折の治療に使用し、驚異的な回復を遂げたことが話題になって各スポーツ界に広がった。当時、かつて私が所属していた神戸製鋼ラグビー部の治療部屋にも仰々しく置かれていた。期間限定の貸与だったために2週間ほどで姿を消したのだが、期間中はカプセルに興味を示す選手たちが交代で利用していたのが思い出される。

まるで魔法や手品のように自然治癒力が高まるとは到底思えなかった私は、結局一度も利用することはなかった。というよりも、あの狭い空間の中に閉じ込められることへの不安が、使用を踏みとどまる最大の理由だったのかもしれない。閉所恐怖症ではないが、身動きがとれないという状況は動物である人間にとって小さくないストレスなのだろう。

1.3気圧に高めたカプセル内で効率よく酸素を取り込むための装置が「高圧酸素カプセル」である。だが、酸素をたくさん身体に取り込むことははたしていいことなのか。酸素供給を高めれば体内は酸化する。細胞の酸化とはいわゆる老化のことである。ただじっとしていてもゆっくり老いていくのに、わざわざ老いを加速することもないだろう。

医学的な効果が十分に検証されていないにもかかわらずブームが起こり、ドーピング禁止事項への抵触が発覚するのに6年もかかったのは、不可解なことこの上ない。

<08/07/15毎日新聞掲載分>