平尾剛のCANVAS DIALY

日々の雑感。思考の痕跡を残しておくために。

拝啓、ぼくの身体様。

またまた先週末は寝込んでしまっていた。

まあ、昔から身体が強い方ではなく、風邪を引いて学校を休んだりすることも割に多かったから、今さら自らの病弱ぶりに落胆することなどないのだけれど、それでも年末から今週くらいまでのあの体調不安定ぶりにはオーマイゴッドである。体調不良の原因にはたぶんに精神的要素の疲弊があると思われるが、こっちの方も、もともとが神経質な部分を持ち合わせている性質なのでいまさらどうのこうの言う問題でもないだろう。知らず知らずのあいだに溜まりに溜まったストレスなるものが、寒さと不景気とあらゆる方面での不信感と融合し、爆発を起こして、その衝撃を受けて身体ががんじがらめになっていたということか。

思い返せば昨年の冬もやはり体調がすぐれなかったように記憶している。一昨年はラグビー現役を引退したばかりの年。ほぼ毎日それなりの負荷で運動を行っていた生活習慣が一変し、ほぼ毎日歩く程度の運動しかしなくなった最初の年である。SCIXラグビークラブで週に2日程度は元気に走り回っているとは言っても、当時の運動量と比べたら比較にもならないわけで、平尾剛の日々の運動量がガクンと落ちてからというもの、僕の身体は見る見るうちに変わってきている。2年連続で味わっている冬場の不調は、たぶん僕の身体が環境の変化に応じて変容過程を辿っていることの表れなんだろうと、身体について研究する者としてそう思う。アスリートから引退したばかりの自分の身体こそは、他のどんな身体を見つめるよりもオモシロい研究対象である以上、これからも自らの身体の変化については克明に書いていこう。

よくよく意識を身体の隅々にまで行き渡らせてみると、関節を回せばゴリゴリとなる左肩や、どう見たって足のつき方がおかしい左足に、後ろに反るとあるところでロックがかかったように動かなくなる首、脇が甘くなる位置に腕を動かすと外れそうな不安感がまだわずかに残っている右肩、あらぬ方向に曲がる右手親指、筋断裂した部分がぽこんとへっ込んでいる左太もも前部なんかに、すぐに思い至る。
引退の主因となったあのどうしようもない視界の歪み、水族館で斜めに魚を見たときに思わずくらっとなるときのあの「くらっとする感じ」は、もうほとんど出なくなったと思っていたら、今年の冬に急に寒くなったある日の練習時に突然ひょっこり現れよった。以前ほどひどい症状ではないから安心してはいるけれど、まあ厄介ではある。

それにしても自分の身体はボロボロだなあと思う。なぜにここまでボロボロなのかは、現役時代に無理をしたというのもあるだろうし、もともとたぶんそれほど身体が強くは生まれてきていなかったというのもあるだろう。でもやはり一番の原因は僕の無知にあると思う。上達するのはどういうことか?、集団がパフォーマンスを高めるための方法は?、身体とはどういうものなのか?、こういった根源的な問いを、心の奥底では気になっていたくせにそれをどこか別の部屋を見つけてそこに押し込んでしまい、そこから一歩も二歩も踏み込んで考えることをしなかった。いやいや、考えようとする意欲さえ湧かなかったのが本当のところで、つまりはそのような種類の問いとじっくり向かい合って考える方法すら、知らなかったのだ。

だから、ウエイトをすることに対しての懐疑的な視点など生まれるはずもない。もともと筋トレはあまり好きではなく、やればやるほど筋肉がつくタイプでもなかったとは言っても、やはり筋トレはラグビーをするためには必要不可欠なもので、ラガーマンとしての身体をつくるためには必要なソリューションだと認識していた。何より「ウエイトを精力的に行う」ことが身体を大きくするために努力しているとみなされて首脳陣からの評価の一つになっていたこともあり、ウエイトをすることそのものへのエクスキューズなどが許される状況ではなかった。本で得た知識を積み重ねたくらいではびくともしないほどの固定観念が出来上がっていたのである。

それが何の因果か、脳震盪の後遺症を患ってしまった。原因不明です、いつ治るかよくわかりまへん、と言われればそりゃヘコむってもの。これまでなんとなく疑問に感じつつも手つかずのままで置き去りにしてきたあらゆる問いは、脳震盪の後遺症を患ったことがきっかけとなってフラッシュバックしてきた。そうした数々の問いをこれまで置き去りのままにしてこられたのは、それらの問いを考え続けなくとも自分の身体が何不自由なく動いていたからである。少々腕がしびれていようが、左足首の痛みが強かろうが、試合には出場しようと努めてきたし、チームに望まれれば多少の無理は承知でグランドに立ったりした。それで何とか丸く収めてきた。

そして、「なんだ、結構できるもんなんやな」という自覚が積み重なると、やがて「無理をする」ことへの疾しさがどんどん薄らいでゆく。痛み止めの錠剤を飲んで試合に出たりもしたから、身体にどれだけ負担がかかるかというリスクすらも顧みずにプレーし続けた。晩年になればなるほど自らの身体への接し方がどんどん乱雑になっていったと、今から振り返ればそう思う(「乱雑に」が意味するのは、忠実なまでに機械論的身体観に基づいてということである)。というか、年齢を重ねているにもかかわらずまだまだ若い選手には負けられへんと、いつまでも若い選手の時のようなプレーを望むというおバカなことをしていたのだからどうしようもない。そりゃ、僕の身体も悲鳴を上げるってなものだろう。

だから必然だった。そう必然だったのだ。原因不明の視界の歪みに苦しんだのは、ただ脳震盪の後遺症だけではなく、ありとあらゆる怪我が積もり積もって押し寄せた一つのシグナルに過ぎないのだ。引退して2年が過ぎようとしている今となっては、そのように思えるのである。仕方がなかった。それだけ自らの身体を粗末に扱ってきた証なのだから。

その反動があり、もしかすると今は必要以上に自らの身体を丁寧に扱い過ぎているかもしれない。周りから見れば甘やかしているように写るかもしれない。でもね、僕の中ではこのボロボロの身体はしばらく休ませてやりたいと思っているのだ。日本一も経験させてもらったし、ワールドカップにも出させてもらったこの身体に、今まで実に粗末な扱い方をしてきてごめんなさいという申し訳ない気持ちでいっぱいなのである。だから、筋肉が落ちようが、以前みたいに力強く走れなくなろうが一向に構わない。しばらくはゆっくりと静養していただこうと思っている。

で、それなりに休むことで身体に活力が戻ってくれば、今度は身体と根源的に向き合っていこうと考えている。それこそ武術的な身体運用に自分の身体を放りこんでいく。力強く走れなくなったとしても、せめてしなやかに走ることくらいは年齢を重ねてもできるだろうから、そこを目指す。少し楽観的かもしれないけれど、もしそうした身体運用に自分の身体を放りこむことができれば、視界の歪みも治まってくるような気もする。ものごとの本質に沿うような方法をとれば、収まるべきところに収まってくるのは世の摂理だから、ね。


なんか最近は自分についてのことばっかり、特に身体のことばっかり書いている。そのことに僕自身はものすごく不快だったりするんだけれど、でもどうしても「自我」に執着せざるを得ない問題がたぶんどこかにあって、その問題について書ける日が来るまではおそらく「自我」の周りを堂々巡りするような気がしないでもない。

うーん、まだ続くのかあ、いつまで続くねやあ、ホントに。


さあ、帰ろう。