平尾剛のCANVAS DIALY

日々の雑感。思考の痕跡を残しておくために。

東へ西へ、そして今日もまた西へ。

第8回ラクロスつま恋 Spring Cupから帰ってきた翌日には、
米子北高校教育委員会訪問のため鳥取方面に向けて出発。
温泉宿に一泊して翌日の夜に帰宅。
そして今日は出前講義のために兵庫県は香寺にある日ノ本学園まで足を運び、夕方ごろに帰り着く。

というわけでここんところは家で落ち着いて過ごすことが叶わず、
とてもバタバタと動き回っていたのである。
然るにこうして部屋でブログを書くのがとても久しぶりに感じられて、
実際には1週間の更新停滞なんだけれども
それ以上に遠ざかっていたような気分である。

過密なスケジュールに身を任せているときには
さほど忙しさを実感することはないけれど、
あれもこれも過ぎ去った後になって振り返ってみたときに
「結構バタバタしてたのね」と感じられるものだろうから、
ここ1週間のバタバタ具合が今は実感としてとても膨張しているのだろう。

さて、今日の出前講義はどうだったのかというと、
健康体育コースに属する1年生女生徒18人を前にして話をした。
途中から教室に入ってこられたH先生を含めて
皆が僕の話に熱心に耳を傾けてくれたので、
時間が経つにつれてこちらもだんだんノッてきて、
チャイムが鳴ってからもペラペラとしゃべりまくったのだった。

高校1年生ということで、これからの進路や学科紹介についての話をするよりも、一人のアスリートが経験したあれこれをエピソードを交えて話す方が彼女たちも面白いよなと考えて、「ケガと上手く付き合っていくことはスポーツをする上で必要なことだよ」とか「痛みには個人差があることは忘れないようにね」とかいう話を、ケガ人が抱え込む心理的なストレスがいかようなものかについてケガと向き合っていたかつての自分を遠目で思い出しつつ、右腕橈骨骨折したときにその直後ではなくて30分ほど経過してから痛みを感じたエピソードなんかを添えて話す。

僕の右手親指は大学生のときに脱臼したせいで
考えられない角度に曲がるのだが、
その可哀想な親指を見せて
ケガした後のケアはきちんとしないとね、
と言うと、
半ば引き気味な反応を見せながら面白がってくれた。
1.5リットルのペットボトルを片手で持ち上げにくいほど不便なこの親指も、彼女たちに面白がられるという新たな目的が付与されて、
どこかホッと(?)したのではないだろうか…、なんて。

どこかしこにボルトが埋まっているこの僕の身体であるが、
幾多のケガを経験してきたからこそ語れることがあって、
その語りが後に続くスポーツ選手にとって有意であることに
少しばかりの手応えと確信を感じ始めている。
長らくの競技経験を持つ僕にとっては当たり前なあれこれが、
スポーツを始めて間もない彼女たちには当たり前なことではなく、
新鮮に聞こえる。

こうしたことは頭でよくわかっていたのだけれど、
おそらく頭の理解だけでは彼女たち聴き手の興味に追いつくことはなく、
頭の中だけで考えるだけでは
どうしたって空転するような話の組み立てしかできないだろう。

僕にとっての当たり前なことのあれこれのうち、
彼女たちはどれに興味を抱き、どれを退屈に感じるのか。
そして、
今は面白くないことでも将来的に知っておくべきことは何なのか。
こうしたラグビー選手としての僕自身の腑分けは、
伝えるべき相手と対面する中で行われる他はないし、
またこれはラクロス部の学生に対するときも同じだろうと思う。

今の段階ではまだまだ話下手であることは重々承知しているが、
それでも少しずつではあるが話すことに手応えを感じつつあり、
その積み重ねがいずれは自信につながっていくという確信は
揺らぐことはない。
人前で話すことにまだ慣れていないから、
講義や講演を終えた後は軽い脱力感を覚えることもあるし、
胃のあたりに締め付けられるような痛みを覚えることもあるけれど、
この確信が揺らがないでいるうちはこうした脱力感や痛みすらも
やがてどこかに辿り着くための一連のプロセスとして
軽く解釈することができてしまう。

だから今日の講義も本当に楽しめたし、
遡ってのラクロス部とともに過ごしたつま恋での2泊3日も、
彼女たちと同じ飯を食い、同じ時間を過ごす中で見つけたあれこれがあって、楽しかった。

米子出張はまた違った意味で楽しかったのだけれど、
詳細についてここで書くのは諍いが生まれないとも限らないので
自重することにする。

と言いつつもひとつだけ記しておくことにするが、
米子北高校から教育委員会に行くあいだに立ち寄った9号線沿いにポツンとある【CAFE ROSSO】のコーヒーとティラミスは抜群においしかった。
いつかのコメント欄に書き込んでいただいたエフさんの情報から、
サイトで検索して立ち寄ってみたのだけれど、
店内に立ちこめるコーヒーの香りを全身で味わえる、
ホントにいいお店でした。

この場を借りてエフさんには御礼を言います。
ありがとうございました。
他の二人の先生方もご満悦でござりましたです。


日ノ本学園を後にして最寄り駅のJR香呂駅に着くとホームには誰一人いなかった。
時刻表を見ると次の電車は約30分後で、昼間は1時間に1本ペース。
見渡す限り高い建物もなく少し曇り気味な空は大きく、だだっ広い。
ベンチに腰を掛けてそんなのどかな景色を眺めながら一息ついたとき、
意識から時間の感覚が消え失せる。
明らかに僕の日常とはかけ離れた時間感覚に巻き込まれて、
思わず安堵。
何とも心地よく、心が解放されたような気になった。

姫路まで向かう播但線を走る電車はドアの開閉が手動であった。
都会と呼ばれる場所に住み、テレビからの情報を浴びてばかりいれば、
画一的でのっぺりとした世界に生きているという錯覚が
どうしても芽生えるが、
今いるところから少しズレるだけでそこには「違う世界」がある。

香寺まで行って空を広く感じて、
話をしてのどかな景色を眺めて手動でドアを開いて帰ってきたら
何だかスッとしたのだった。