平尾剛のCANVAS DIALY

日々の雑感。思考の痕跡を残しておくために。

じぶんがはたしうる小さな「役割」。

ラグビー選手を引退してからというもの、僕はずっと自分という存在を探し続けてきたような気がする。大学教員になった今も、おそらくは心のずっと奥の方でまだ探し続けている。

自分は何者で、どのようなことをすれば周りに認められるのだろう。

今のままではいけない。何かをしなければならない。

焦燥?渇望?とにかくこういった心境で日々を過ごしてきたという実感がある。だから、明確な手応えが得られない日々が続くと途端に不安が襲った。このままでいいのかという漠然とした不安が心に充満し、それを和らげるために自分を少しだけ歪めて自己嫌悪に陥った。その都度「ああ、やってしもた」と思った。自分がまたちょっと嫌いになって不安は増幅された。ホントに何をやっているのやらと思った。

おおよそ無限ループの如くに自分が切り下げられていく実感がありながらも、でもたぶん生きるってことはこういうものなんだと最近では思うようになった。周りに特別な存在であると認められなければならないという強迫めいた思い込みは、どっぷりと身体にしみこんでいて拭い去るのにとても苦労したけれど、いざ取っ払ってしまえば何てことはない。一人でスーパーに行く時にさえ人目を気にしていたあの頃から思えば、どれだけ身軽になったか気が知れない。僕のことを応援してくれているファンにとって、特に幼き子どもにとってはスーパーマンでありたいと願った現役の頃の僕はもういない。でもそれでいいのだ。少し寂しい気もするが現役を引退したというのはそういうことなのだ。

現役引退の実感はこういうかたちでやってくるものだということを今になって思い知らされた。引退直後に感じた心の乱れはさざ波程度のものだった。あの時の穏やかな波は時間を経過することでだんだんと大きくなり、ようやく一つの物語として成就するほどの高波となったということだろう。ようやく意識に前景化した。そう感じるのは、引退して3年、ラグビーから離れて5年が過ぎようとしている今になってまさかこのような文章を書くことになろうとは想像もしていなかったからだ。さっきパソコンを開いたときは全然違う内容のことを書こうと思っていたのだ。誠に不思議であるが、そういうことである。

今まではラグビー選手として社会の一員に認められてきた。しかしそれにピリオドが打たれ、新たに大学教員として社会の一員になった。研究者としても教育者としてもまだまだ駆け出しのひよっこに違いはないけれど、僕のことを先生と呼ぶ学生がたくさんいることの責任は自覚しているつもりだ。社会とどのようにつながり、そのつながりの中で僕に何ができるのか。これから一つ一つ積み上げていく段階にある。そう容易に為されるべくもないことは百も承知していながらも、どこかワクワクしている自分がいる。

とにかく面白そうだ、ラグビー的な生き方をモチーフに大学教員として生きるのは。どうせ心の根本のところは変わらない。そんな開き直りがあるから楽しみなんだと思う。

というようなちょっとシリアスな気持ちにさせられたのは『噛みきれない想い』を読んだ後だからだろう。最後に、少し長くはなるけれどドキッとさせられた箇所を引用して今日のところは筆をおくことにする。今日のブログはちょいとばかり気恥ずかしい内容だけれど、思い切って更新してしまうことにする。では。

 いまわたしたちにほんとうに必要なのは、そういうねっとり密着した関係ではなく、距離をおいてたがいに肯定しあう、そういう差異を前提とした関係なのだろう。<わたし>という個は、自己自身との関係のなかでではなく、<わたしたち>の社会的な組織のなかで編まれつつ、いわばその特異な点としてかたちづくられる。他者たちによる承認はそこで大きな役割をはたすが、受け身でそれを待っていれば、相も変わらず依存のなかにしかいられない。

 それよりも、<わたし>という小さく壊れやすい存在が<わたしたち>というつながりのためにいったい何ができるか、その寄与のあり方をみずから模索することが必要だとおもう。家庭であれ地域社会であれ、じぶんがはたしうる小さな「役割」を考えること、どうしたらたしかな父に、母に、隣人に、そして市民になりうるかを考えなおすことから始めることが重要かとおもう。

(『噛みきれない想い』鷲田清一角川学芸出版、P.17)