平尾剛のCANVAS DIALY

日々の雑感。思考の痕跡を残しておくために。

練られた正直さ。

 また1週間が始まった。気がつけば1月も最終週に突入。明後日の水曜日で秋学期が終わるのだから本当に早いものである。

今週末はトップリーグプレーオフファイナル、東芝ブレイブルーパス三洋電機ワイルドナイツというカードになった。昨日行われた準決勝は2試合ともに白熱したようで、三洋電機横綱相撲でトヨタ自動車ヴェルブリッツを退け、サントリーはしつこく食い下がる東芝に手を焼きながらも何とか勝利を収めると戦前には予想していたものだから、ちょっと驚いてしまった。4点差まで追い上げたトヨタ自動車の、残り10分を切ったあたりからの攻撃は見応え十分だったし、少し反則が多かったにしてもサントリーのアタックを止め続けた東芝のディフェンスには鬼気迫るものを感じた。日本ラグビー界におけるトップ4の戦いにふさわしい内容だったと感じている。とても面白かった。

ここに神戸製鋼がいないのが寂しいところだが、こればかりは仕方がない。勝負の世界は厳しいのである。

さて、おっちらおっちら読み進めている『坂の上の雲』も黒溝台での戦闘を終えたあたりに差し掛かっている。合い間合い間で他の本を読んだりしているし、いろいろな仕事で手いっぱいになったりでなかなか一気に読めずにいるのがとてももどかしい。もどかしく感じる半面、しかしながらたぶんこうしたペースの読みでいいんと違うかなあと感じているところもあるのは、さらりと読み飛ばすにはあまりに惜しいような気がして、著者に失礼に値するような気持ちになるからである。言葉そのものや行間にねじ込まれるようにして宿っている「何か」をじっくり感じながら読まないとアカンやろ、という気持ちがどうにも拭えないのである。

なんてことを思っていたので一向に読むペースが上がらなくてあたふたしていたちょうど先週末、買い置きしてあった『「昭和」という国家 』(司馬遼太郎、NHKブックス)を研究室の書棚で発見する。この本は司馬氏が「昭和」について語っているもので、1986年から1987年にかけてNHK教育テレビで放送されたものである。昭和元年から敗戦までの20年間を「魔法の森の時代」だとし、江戸から明治、大正へとつながる日本史の文脈から外れた相当に異質な時代であったことを、雑談的に語っている。まさに「そろそろ家に帰るか」というときに手に取ったものだからしばらく読み耽ってしまい、そのまま持ち帰ってあっという間に読み終えてしまった。話し言葉だったこともあるだろうが、とにかく言葉の一つ一つが心に突き刺さってくる。歴史を知らない今の自分が恥ずかしく思えてきて、でもそれと同時にその無知な自分と向き合わなければいけない意欲も湧き立ってくるというような、不思議な気持ちになった。

自分があまりものごとを知らずにここまで生きてこられたことが、とてつもない奇跡のように思えてくる。今の自分はなんて無知でありなんて未熟なのか。このことを、ここんところの、ここ数年来のボクは痛烈に感じていて、その紛れもない実感はこれまでにもこのブログで書いている通りだが、ここにきてその実感がかなり心地よいものに変わってきているのも事実である。当初、自分のバカさ加減が突きつけられたその瞬間は、自らが否定されるような何とも言えない感情が芽生えてしんどい時期もあった。でも、最近はそのしんどさよりも心地よさの方が勝つ。圧倒的に勝利する。また新たに知らなければならないことが見つかったことへの喜びが、そのまま生活をする・生きることにつながっていくような気になるから不思議だ。自分の未熟さというものが途方もなく限りないがゆえに、諦めモードに突入してしまったからだろうか。一種に開き直りというか、なんというか。

今この時も心に染み込んでいっているように、ズドンと響いた言葉を紹介して、今日のところは筆を置くことにする。下の箇所を読んだときに、「書く」ということ、言葉そのものと向き合う姿勢を見つめ直さねばという只ならぬ決意が生まれて、ただただ背筋が伸びたのであった。


 言語をどううまくつかえばいいのですかと聞かれたら、私は正直ということだけが肝心だと言いますね。
 もっとも、ただの、つまり生の正直では具合が悪いことがあります。天然自然に正直な人もいらっしゃいますが、私の言う正直は少し違います。
 正直であろう、正直であろうと訓練した、練度の高い正直さとでもいいましょうか。
 

                   (『「昭和」という国家』106頁)


 

優れた言語は練度の高い正直さから生まれる。また、司馬氏は別の個所で「優れた言語というのは実感の中から出てくるもので、リアリズムに即さなければならない」とも言っている。

書き言葉も話し言葉も、実感を伴わない空語にならぬよう正直さを練り続けていこうと、ささやかな目標を掲げるボクなのであった。