平尾剛のCANVAS DIALY

日々の雑感。思考の痕跡を残しておくために。

「上村愛子選手」身体観測第89回目。

 バンクーバー冬季五輪の話題が世間を賑わせている。

 大会初のメダルを日本にもたらしたのはスピードスケート男子500mの長島圭一郎選手と加藤条治選手。それから男子フィギュアスケート史上初となるメダル獲得を果たした高橋大輔選手には心から拍手を送りたい。競技と関係ないところでは、服装の乱れと記者会見での態度が問題視された国母和宏選手。あの言動には憤りを隠せない。彼自身の問題であると同時に傍らにいて指導する立場にいたスタッフやコーチの問題でもあると思うのだが、ここでは深く触れないでおく。

 最も印象深かったのは上村愛子選手である。2007-2008シーズンはW杯5連勝で日本モーグル界初となる種目別年間優勝。2008-2009世界選手権大会ではシングルレース、デュアルレースの2冠を達成。誰の目にも明らかな実績を引っさげ、メダル獲得の期待を背負って今大会に臨んだが、98年長野五輪の7位から大会ごとに一つずつ順位を上げての4位に終わった。五輪でのメダル獲得が悲願だった彼女の涙に心を打たれた人は多かっただろう。

 印象的だったのはこの涙だけではない。レース後に語った言葉の一つ一つが胸を突いたのである。たとえば、自らが滑り終わり、残りの選手の滑走次第でメダルが決まるというときの心境について語った「みんなが失敗するのを願うのはよくないなと思っていた」というコメントからは、正々堂々勝負したいと願う潔さを感じた。メダル獲得という周囲の期待を一身に背負いながらも人として大切な何かを重んじる姿勢が感じられて、心が動かされた。

 子どものころは周りを気にしてしまう人だったという。自らを小心者だと認める人は小心者ではないと私は思う。心の葛藤を惜しげもなく垣間見せてくれる上村選手のこれからに注目していきたい。たとえ引退したとしてもこの思いは変わらない。

<10/02/23毎日新聞掲載分>