平尾剛のCANVAS DIALY

日々の雑感。思考の痕跡を残しておくために。

「ラグビーに求められる身体知」身体観測第95回目。

 運動伝承研究会で発表する機会をいただいた。テーマは「判定競技であるラグビーに求められる身体知について」。ラグビーは敵味方を合わせた30人が70m×100mのグラウンドで一つのボールを奪い合う陣取りゲームである。歩数制限もなくドリブルをしなくてもよいボール保持者の自由度は高いが、唯一パスを前方にしてはならないという縛りがある。「後ろにパスをしながら前進を図る」という矛盾を抱えるところに一つの大きな面白さがあり、ラグビーに特徴的なこのルールが選手にどのような能力の習熟を要求するのかについて話をした。

 ボール保持者の前方には行く手を阻む相手選手の群れが立ちはだかっている。不用意に走り込むものならタックルの餌食となるので、緊張感を抱きながら絶えず注意を向けておかなくてはならない。タックルされれば時に大きなケガにもつながるため、前方には危機へのセンサーを働かせておく必要がある。

 前方へのパスを禁じられているために当然のごとく味方選手は自らの後方に待機している。その存在は視界に入らず、味方が発する後方からの声を頼りに背中全体でその位置関係を把握することが求められる。後方には聴覚を研ぎ澄ませて味方選手の意図を感じる必要がある。

 だからラグビーのパスは原理的にはすべてノールックパスとなる。首を傾けて味方を視認すればその仕草でパスの方向が相手にばれるため、有効なパスとはなり得ない。前方に顔を向けたままいかにしてパスを放れるかが習熟すべき技術なのである。

 ただし、この技術だけでは片手落ちである。刻々と変化する情況に応じて最適なプレーを選択することがラグビーには求められることを忘れてはならない。ラグビーに求められるのは即興で動くための心構えをつくること。ただこれがとても難しい。だからこれほど面白いのだけど。

<10/06/01毎日新聞掲載分>