平尾剛のCANVAS DIALY

日々の雑感。思考の痕跡を残しておくために。

「つまみ見る楽しみ」身体観測第97回目。

 カメルーン戦にしぶとく勝利を収めた日本代表は、続くオランダに敗れはしたもののデンマークに3−1で勝利してベスト16進出を決めた。最終戦、揺れて落ちる本田選手のフリーキックは見とれてしまうほどにきれいな弧を描いていた。心理的な駆け引きを制した遠藤選手の知性あふれるキックは見事としか言いようがなく、岡崎選手をアシストした本田選手のボールさばきと絶妙なパスには思わず笑いがこみ上げるほどであった。

 興奮気味に振り返ってはいるが、実はこの試合をタイムリーには見ていない。録画で見たのである。あの興奮と感動を味わえなかったのかと、試合を見た人たちは声を合わせて同情してくれるかもしれないが、私はそれほど残念には思っていない。少しのやせ我慢はあっても落胆はしていない。なぜなら、ことサッカーに関しては美しいプレーを見ることができればそれでよいと思っているからである。

 たとえば、23日に行われたナイジェリア対韓国の試合で、前半38分に韓国が同点に追いついた場面。センタリングに頭で合わせにいった李正秀選手は、急激にボールが足元に沈みこんだためにそれに対応すべく反射的に足を出してゴールを決めた。このシーンには度肝を抜かれた。

 最初ヘディングを試みたがボールの軌道が予測と違ったので臨機応変に足でシュートした、と言葉で説明するのは簡単だ。しかし、こうした滑らかな身体運用があの緊迫した場面で発揮されることは奇跡に近い。そんなプレーは何度見ても美しいと感じるし、たとえタイムリーじゃなくてもその輝きは損なわれない。

 理想は美しいプレーをタイムリーに見ることだが、試合数は多いし、日々の仕事だってある。だから「つまみ見」をしている。トーナメント戦という緊迫感がいくつもの美しいプレーを生み出すだろうこれからが、とても楽しみだ。

<00/06/29毎日新聞掲載分>