平尾剛のCANVAS DIALY

日々の雑感。思考の痕跡を残しておくために。

「右肩の傷から学んだこと」身体観測第99回目。

 僕の右肩には10㎝ほどの手術痕がくっきりと刻まれている。その傷を見る度に思い出すのは術後に襲った尋常ではない痛み。あまりの疼きにベッドの上で夜通しのたうち回った。一晩に3度もナースコールで看護士を呼んだ。座薬を入れた直後は幾分か治まるもののまたすぐ痛みは波打つように身体中を駆けめぐる。長い長い夜だった。


 最初に脱臼したのは大学3年生の時。試合でタックルした直後に右腕の感覚がなくなった。目の前のだらりとした右腕にまったく力が入らない。右腕のありかを探ろうにもまるで動かし方を忘れてしまったかのよう。駆け寄ってきた医者に整復してもらうと途端に力が入り、いつもの感覚が戻った。


 脱臼は癖になるからラグビーを続けるなら手術をした方がいいと医者に勧められたものの、身体にメスを入れることに躊躇した僕はリハビリ強化で克服する道を選んだ。しかしその半年後に、それから2年後にも脱臼したことで後がなくなり、しぶしぶ手術に踏み切った。


 手術をすればゼロではないが再脱臼の可能性はかなり低くなる。だから脱臼への不安は解消されて思い切りプレーができるだろうと見込まれたが、そうは問屋が卸さない。長らく身体に染み付いた右肩への不安感は心にべったりと張り付き、タックルする際にはどうしても腰が引けてしまう。理学療法士のもとで徹底したリハビリを行い、可動域も筋力も十分に回復しているはずなのに思い通りに身体が動いてくれない。時間の経過とともに徐々に吹っ切れたものの、不安が完全に払拭されることはなく、右肩には今でも不安感が残っている。


 ケガは身体だけでなく心にも大きな爪痕を残す。一度刻まれた不安や恐れはそうやすやすと癒えやしない。スポーツをする上で最も大切なのはケガをしないこと。肩の傷はいつも僕にそう語りかけてくる。


<10/07/27毎日新聞掲載分>