平尾剛のCANVAS DIALY

日々の雑感。思考の痕跡を残しておくために。

「伝統の力、『名前負け』」身体観測第103回目。

 2010年度の関西ラクロスリーグが始まっている。1部リーグに昇格したばかりの神戸親和女子大学はここまで1勝3敗。同じく昇格したばかりの大阪市大に辛うじて勝利を収めたものの、続く3試合は敗北を喫している。全8チーム中で最下位になれば自動降格、7位だと2部上位チームとの入替戦が待っている。1部残留を確定するためには残り3試合で一つは勝ちたいところ。だが、ここからは武庫川女子大、同志社大、大阪国際大という強豪校が相手。やすやすと勝たせてはくれまい。

 格上との試合が続く中で学生たちは対戦相手を詳細に分析し、日々の練習に精を出している。かといって力んでいるわけでもなく、意外にリラックスしているように見える。ただ、このよい雰囲気が結果に表れてこない。勝利に結びつかない、というよりも実力を出し切れていない。その理由を考えたときに辿り着いたのが「名前負け」である。

 伝統校には不思議な力がある。例えば大学ラグビーにおける早稲田大とはただ対戦するだけで心的緊張が強いられる。開始早々にトライを奪われようものなら「やっぱりワセダだ」と無意識に相手の実力を過大評価してしまい、自らを卑下して実力差が際立つ。さらには伝統校贔屓の観客が放つ期待感が大きなうねりとなって独特の雰囲気を醸し出すと、身体が萎縮していつも通りのプレイは望めなくなる。これが「名前負け」である。

 おそらく学生たちの頭の中にはこれから対戦する相手のイメージがはっきりと描かれているに違いない。「作り上げた相手」と想像の中で戦い続ければ自信がすり減るのは明らかである。わざわざ相手を大きくする必要はない。同じ大学生同士、身体能力に大きな差なんてあるはずがないのだから、とにかく思い切って自分たちのプレイを全うすればいい。名前と戦うわけではないのだ。

<10/09/21毎日新聞掲載分>