平尾剛のCANVAS DIALY

日々の雑感。思考の痕跡を残しておくために。

「贈られ続けたパス」身体観測第123回目。

 あれは神戸製鋼に入ってすぐのころだった。日本代表選手がひしめくバックス陣に囲まれて戸惑ってばかりいた。まるでスピード感が違うのだ。走り出しの5歩、一連のパス動作が速い。ボールから目を離せばあっという間に置き去りにされ、ボールを掴んでから放るまでの動作が速いからわずかなタイミングのずれでも命取りになる。


 まだこれらは練習を繰り返す中でどうにか克服できた。だが、「状況判断の早さ」にはしばらく手こずった。ここでの状況判断とは端的に言えば「相手のスキを見つけること」である。どこにボールを運べば前進できるのかを先輩たちはいち早く察知する。目で探そうとする僕はどうしても遅れをとるのである。


 状況判断を的確に素早く行うこと。僕はこれをある先輩に習った。その先輩からのパスはいつも僕の2、3歩前を通過する。手を伸ばしても届かない距離を通り過ぎるから、当然パスはつながらない。その度に謝ってはいたもののあまりに何度も続くので、心の中では「もっと手前に放ってくれたらいいのに」と思っていた。


 だがある時、「そこのスペースが見えてへんのか?」と言われた。そこでようやく気がついた。未熟な僕には見えていない相手のスキが、先輩には見えている。つまり、そのタイミングでパスがつながれば大チャンスになる。先輩はパスを放り続けることで「相手に生じたスキ」を僕に教えてくれていたのである。


 以後はそのパスをキャッチするために工夫を凝らした。走り出しを早め、相手の状況と先輩の後ろ姿が同時に視界に入る位置を探した。ボールばかりではなく相手の状況を見る癖もつけた。


 その先輩は「ここだと思うタイミングで走り込んできたらいい、そこにパスを放ったる」とも言ってくれた。ずっとパスを贈り続けてくれたあの先輩がいたからこそ、今の僕がいる。


<2011/07/05毎日新聞掲載分>