平尾剛のCANVAS DIALY

日々の雑感。思考の痕跡を残しておくために。

思考にはそれ相応の筋肉がいる。

しとしと雨が降り出した研究室で書き始める。小関勲さんのバランスメソッドについて調べていたらあっという間にこんな時間に。午前中に会議をひとつ終え、いつもの喫茶店で昼食を済ませてからずっとデスクに向かっていた。合間に江さんとツイッターで音楽とラグビーに共通する身体運用をめぐってやりとりしたが、それ以外はずっと画面と資料を行ったり来たり。わりと集中できた。ただ背中がバリバリで、目もパシパシに乾いていて、もう何年もこうして仕事をしているにもかかわらずまだまだデスクワークには慣れない。とほほ。

さてと、3月も半ばを過ぎた今になってようやく今年度に積もり積もったあれこれを肩から下ろすことができた。この「あれこれ」とはいったいなにかというと、「しぶしぶ先送りにしてきた思考」のことだ。会議や打ち合わせや入試業務や高校訪問などの目先のやるべき仕事に追われていると研究活動はやむを得ず先送りにせざるを得ない。やはり「ああでもない、こうでもない」とじっくり考えるためにはまとまった時間がいる。誰にも邪魔されないことが見通せる、静謐な時間と空間が必要である。毎年恒例のスキー実習を2月末に終え、ときどき会議があるものの講義や学生相談がない春休み期間に入ってからずっと、この「あれこれ」と取っ組み合ってきた。意識のデスクトップに引っ掛けていた「あれこれ」をひとつひとつ収納することができつつあることに、ホッとしているのである。

発生論的運動学に基づいて身体論を研究する僕はコツやカンといった感覚をどうにかこうにか言葉にしようと取り組んでいるわけで、そのときもっとも頼りにしている或は拠り所にしているのが「身近で感じる体感」である。平易にいえば「感じる」ってことで、感情が揺れ動いた、心が波打った、その瞬間をつかまえること。身体を直接的に動かして様々なメソッドを試しているときも、文献を読み進めているときも、同じように「うん?」「!!!」となる瞬間があり、それを大切にしている。

だから本音を言えばところ構わず思考を始めたい。身体のことはその気になればいつでもどこでも研究のネタをつかむことが可能だからだ。バランスボードに乗っているときや四股を踏んでいるときはもちろん、ただ歩いているだけのときや会議中や雑談中も飲み会の席でだって、「うん?」や「!!!」はみつかる。自分の体感をじっくり探ればなにがしかのフィードバックはある。

これを教えてくれたのは甲野善紀先生である。かなり以前だが丸一日お供をさせてもらったことがあって、そのとき甲野先生はずっと自らの身体に意識を向けて「内観」されていた。移動中の車や電車の中でも腕を上げたり、肩を動かしたり、絶えず身体を動かしておられた。そんな先生の様子を間近で見て、ただ腕を上げ下げするという何気ない動作からでもその気になれば微妙な体感をつかまえることができるということを僕は学んだ。たとえここまで玄人仕込みでなかったとしても、駅や道で歩く人たちの身体を観察するだけで気づくこともあるわけで、つまるところ身体はいつでもどこでも遊べるものなのである。

いつのときもこうして思考ができるのが理想なのだが、如何せん勤め人だとそうは問屋が卸さない。心が波打ったものの30分後に教授会があるとなれば思考を開始するわけにはいかない。だから自動的にスイッチが入り、考えよう考えようと躍起になる身体をなんとかなだめすかし、いつも持ち歩くモレスキンのメモ帳にその断片を書き留めておく。諸々が落ち着いたあとになってその断片をもとに思考を始めようという魂胆だが、やはりアイデアの鮮度は落ちる。アイデアが生まれた瞬間の興奮そのままに再現できるわけではない。そこが悩ましい。ああ。

でもまあこれは半ば愚痴である。今のこの日常生活を営みつつ研究を深めていかねばならぬわけで、皆が皆こうした制約の中で絞り出すように研究成果を生み出しているのが現状だ。事務仕事のリズムと研究のための思考のリズムを自分の中にしっかり刻み付けつつ双方を調和させていく。今の僕に求められているのは自分なりの研究スタイルの確立だと思っていて、それはつまりこの調和だろうと思う。事務的な仕事と、思考を深めつつ原稿を書く仕事とは使う「筋肉」が違うことを意識し、この切り替えをいかにするかを課題として取り組んでいこう。理想は両方をつけることだが果たしてそんなにうまくいくかどうか。ひとまずやってみるとするか。

最後にひとつ告知です。

3月9日に朝日文庫から内田樹先生との共著『ぼくらの身体修行論』が発売されました。2007年に上梓した『合気道ラグビーを貫くもの』の増補版です。内容はほぼ同じですが、ボーナストラックとして昨夏に行った対談が収録されていますので、そこだけでも読んでいただければと思います。自分で言うのもなんですが、面白いです、ホントに。