平尾剛のCANVAS DIALY

日々の雑感。思考の痕跡を残しておくために。

「スポーツ運動学会で」身体観測第90回目。

 第23回日本スポーツ運動学会でシンポジストを務めることになった。大会テーマは「現場に生きるスポーツ運動学」。ラクロス部の顧問を務める私は、未経験のスポーツを教えるという視点から実際の指導事例を紹介しつつ話をすることにした。

 未経験のスポーツを教えるということはスキル指導ができないことを意味する。ラグビーラクロスが「ゴール型競技」で共通しているとはいえ、クロスでパスをつなぎながら走るというラクロス独自の身体運用に関して軽々しく助言することはいくらなんでもできやしない。

 だとすれば私は学生たちに何を教えているのだろう。しばらく考えて到達した結論は「心構えや考え方」である。

 たとえば「ミスへの対処の仕方」。どのスポーツにおいても勝利を手中に収めるためにはミスを減らすことが最優先課題となる。だから指導者はミスをさせないような指導を心掛ける。しかし、あまりにミスを怖がり過ぎると意識の中にこわばりが生じてしまう。身体が縮こまり、より確実で安全なプレーを選択するようになって創造性が損なわれる。スケールが小さくなるのである。

 ミスを減らそうという過剰な意識はパフォーマンスの向上を阻害する。そうならないように私は次のようなアドバイスをしている。

 「双方ともにノーミスの試合は必ず引き分けに終わる。ミスは必ず起こるものだ。だから本当に大切なのはミスを重ねないこと。1つミスが起こってもすぐにカバーすれば致命傷にはならない。たとえ2つ続いてしまったときでも3つ重ならないようにすればいい」。

 こうした知見の一つ一つを学生たちに伝えている、という内容の話をしたところ会場の反応は概ねよいものだった。自分が当たり前だと考えている知見の中に誰かの関心をよせるに値するものがある。この実感を得られたことが何よりもうれしい。

<10/03/09毎日新聞掲載分>