平尾剛のCANVAS DIALY

日々の雑感。思考の痕跡を残しておくために。

「痛覚の不思議」身体観測第70回目。

 ラグビートップリーグ元年の2003-2004シーズン、神戸製鋼コベルコスティーラーズは好調だった。サントリーサンゴリアスとの開幕戦には敗れたものの、以降は順調に白星を積み重ね、シーズン終盤には優勝を争っていた。個人的にも身体のキレがよく、チーム状態と相まって充実感に溢れていた。だが「好事魔多し」とはよく言ったもので、勝利すればほぼ優勝が決まるという東芝府中ブレイブルーパス戦で右腕橈骨を骨折する。

 相手と接触した瞬間に嫌な感触が身体中を這いずり回り、その直後から右腕でうまくボールを扱えないことに気付く。駆け寄ってきたトレーナーはすぐに途中交替を促し、まるで生まれたばかりの赤ちゃんを抱くようにして右腕を支えられながらグラウンドを出た。「まだまだできる」という昂揚感と「もしかして大怪我したのか?」という予感が招き寄せる悲壮感でかき乱された心模様のまま、観客席からの視線を浴びながらロッカールームに戻ったのを覚えている。

 しばらくしてタクシーで病院に向かう。その道中では、付き添いの後輩と試合の途中経過に聴き入っていた。試合会場にいるチームメイトとつながった携帯電話に耳を当てて、プレーごとに一喜一憂し、ときに談笑しながら。

 痛みらしい痛みが出たのは病院に着いてからである。待合室では冷や汗が出るほどになり、三角巾で吊られた右腕近辺に人の気配を感じるたびに恐怖を覚えるようになった。レントゲン室に入り、照射角度に合わせるために僅かに腕を動かされたときは思わず声が出た。

 骨折という大怪我なのに受傷直後には痛みがなく、約30分が経過してからようやく痛み出したのはなぜだろう。アドレナリンの大量分泌、精神がカラダに及ぼす力、身体に備わる防衛本能。右腕にくっきり残る手術痕を見るたびにあの時の感覚が思い出されて、思考に耽る。

<09/04/07毎日新聞掲載分>