平尾剛のCANVAS DIALY

日々の雑感。思考の痕跡を残しておくために。

「「ええ格好』しい」身体観測第73回目。

 電車などであのバッグを肩に担いだ高校生を見かけると、ふと懐かしくなる。エナメル素材のラグビーバッグである。高校時代は、同志社香里ラグビーフットボールクラブの頭文字DKRFCがこれ見よがしに大きくプリントされたそれを、誇らしげに持っていた。少し横長のサッカー仕様ではなくほぼ正方形なそのバッグを、手提げの部分を可能な限り短くして肩にかけ、少し胸を張りながら歩くか、もしくはたすきがけをするのが僕たちの「ええ格好」だった。

 ある日、先輩が持っていたもう一つのラグビーバッグに目が釘付けとなる。「OSAKA SELECT XV」と書かれたそのバッグは、大阪府の代表に選ばれた者だけが手にすることができると知り、「格好ええ」と鼻息が荒くなった。大阪代表は二の次にして、とにかくそのバッグが欲しい。明らかに不純な動機でも、沸き立つ気持ちに嘘をつけるはずはなかった。

 そして高校3年生になり大阪代表に選ばれる。これまで使っていたチームのそれよりも少しサイズが大きめで、派手な装いのそのバッグを手にした時の喜びは、今でも忘れない。チーム内の選ばれた何人かで威張り気味に肩に担いでいたあの情景は、今となっては少し恥ずかしくもあるけれど。

 それから高校日本代表に選ばれ、大学に入って日本代表A、社会人に進んで日本代表に選出されることになる。もともと代表志向が強かったわけではなく、大学時代には候補合宿を辞退したほどだった。ライバルとの過当競争に身を投じることへの本能的な忌避がいつのときも心の中にあり、シビアな生き残り競争をするくらいなら別に選ばれなくてもいいとさえ思っていた節もある。なのに過去を振り返れば代表づくしの経歴に、どこか他人事のような錯覚を覚えもする。

 ただ「ええ格好」がしたかった。その想いだけで駆け抜けた19年間だったのだろうと、今は思っている。

<2009/06/02毎日新聞掲載分>