平尾剛のCANVAS DIALY

日々の雑感。思考の痕跡を残しておくために。

「重圧の克服」身体観測第81回目。

 スポーツなどの身体運動では「重圧の克服」が大きな課題となる。スタメンに名を連ねた試合、大きな大会の決勝戦など、ここ一番の舞台を前にすれば重圧を感じてほとんどの選手は緊張を強いられる。勝てるだろうか、うまくプレーできるだろうかといった不安が次々に襲いかかってきて、カラダは硬直し、心は騒ぎだす。がんじがらめになった身体を解放し、高いパフォーマンスを発揮するには重圧に伴う緊張を乗り越える必要がある

 マリナーズイチロー選手は、重圧の克服に真っ向から挑み続けて9年連続シーズン200本安打を達成した。8年連続というウイリー・キーラー選手の記録を超える大リーグ新記録の樹立が、世界を賑わしたのは記憶にも新しい。9年という年月ものあいだ大きなケガもなく、コンスタントに活躍し続けたのが何よりもすごい。

 イチロー選手は「打率」よりも「安打数」にこだわりを持っている。ヒットを打たなければ打率は減っていくが安打数は減らない。だから、打率の変動を意識すれば打つことから逃げたくなる時も出てくる。打率の低下を恐れて打席に立つのを拒むという無意識的な消極さを回避するため、安打数を意識しているというのである。

 ここに求道者としてのイチロー選手をみる。重圧がかかればそこから逃げたくなる気持ちがどうしても生じる。逃げて楽になろうとする自らを正当化すべく、何らかの言い訳を探し始めるのが人の性というものであり、そのことを悟ったイチロー選手は、言い訳を許さない状況に身を置こうと努めているのである。重圧の克服とは恐れとの闘いである。恐れを抱いたときの自らの弱さを自覚しているからこそ、このような思考の軌跡を描くのだろう。こう考えると、9年連続200本安打というとてつもない偉業は、為されるべくして為されたのではないかという気がしてくる。

<09/10/06毎日新聞掲載分>