平尾剛のCANVAS DIALY

日々の雑感。思考の痕跡を残しておくために。

「未来への敬意」身体観測第101回目。

夏の風物詩である全国高校野球選手権大会興南高校の優勝で幕を閉じた。猛暑続きで体感的には夏の終わりが感じられないが、高校野球が閉幕したとなればなんとなく秋の始まりが予感される。

最も印象的だった試合は仙台育英―開星である。開星が2点リードで迎えた9回表。1点を返され、なおも2死満塁のピンチならがあと一つアウトを取れば開星の勝利。仙台育英の打者が平凡なフライをセンターに打ち上げた瞬間、ボクは開星の勝利を確信した。しかし、そのフライをセンターがまさかの落球。走者2人が生還して逆転を許す。捕っていれば試合終了だっただけに開星としては悔やまれるエラーである。

だが、その裏、開星も意地を見せる。2死1、2塁、1打出れば同点、長打が出れば逆転サヨナラの場面でヒット性の当たりが左中間に飛んだ。抜ければ恐らくサヨナラ。しかし、仙台育英レフトの三瓶選手が横っ跳びでボールをつかみ試合終了。二転三転する試合展開に興奮を覚えずにはいられなかった。

見ていて違和感を覚えた選手の身ぶりが2つある。まずは9回表。フライが上がった瞬間、開星のピッチャーはボールの行方に視線を送ることなく勝利を確信してガッツポーズをした。そして、その裏、開星最後のバッターは左中間にヒット性の当たりが飛んだ瞬間、右手を突き上げた。捕球するともヒットになるともまだ確定していないにもかかわらず、勝利を手にしたかのように振る舞ったのである。

気力が充実し実力が拮抗したチーム同士の試合で勝敗を分けるのはわずかな心のスキだ。「なにが起こるか分からない」という未来への敬意を欠けば勝利の女神はそっぽを向く。最後まで見届けなければ勝利を掴み損ねることもあるのだ。

<10/08/24毎日新聞掲載分>