平尾剛のCANVAS DIALY

日々の雑感。思考の痕跡を残しておくために。

「楽しさを伝えること」身体観測第114回目。

 菅平高原でのスキー実習を終えて帰ってきた。ラグビー選手にとっては馴染みが深く現役時代に幾度となく訪れたその場所でスキーを教えていると、なんだか不思議な気分になる。1500m走などの体力測定や、緊張感たっぷりで臨んだセレクションマッチがふと思い出されて嫌な汗が出る。この場所に縁があることを思い知らされる。

 ラグビーはお手の物でもスキーはまだまだ未熟である。その面白さにすっかり虜になってはいるが、技術的には物足りない。急斜面では板が滑ることもままある。しかし、バランスを保ちながら雪面状況に応じて上手く滑れたときは何とも言えず心地よい。板と自分が一体化し、大げさに言えば自然と同化したような感覚さえ覚える。

 経験が浅かったので昨年までは補佐的な役割だったが、今年度からは単独で班を担当することになった。専門書を読んだり指導者講習に参加したりと、それなりの準備はしたもののやはり一抹の不安は払拭できず、当日になるまでずっと考え込んでいた。心血を注いできたラグビーならいざ知らず、まだまだ経験の浅いスキーを教えることなんてできるのだろうか。今の僕に何を教えることができるのだろうと、自問自答を繰り返していた。

 迷いとためらいを押し殺しつつ講習をしていると、あるときにふと気がついた。特別な技術は教えられないけどスキーの楽しさは伝えることができる。うまくターンできたときの快感、とにかくこれを体験させてあげよう。そこから形式的な練習よりもたとえ話を駆使しながら滑る時間を増やすように心掛けた。これでよかったのかどうかの判断は僕にはまだできないが、最終日に学生が口にした「もっと滑りたい」という言葉にひとまず胸を撫で下ろしている。

 スポーツは楽しむもの。ほぼ未経験に近いスキーを指導する中で再確認した次第である。

<11/02/22毎日新聞掲載分>